筆者の考え / 02
使う人は、サービスの学び方の責任を負わない
これは事実の説明ではなく、筆者の考えです。
AI を使う人が、そのサービスの学び方の責任まで負う必要はない、と考えています。
出自を問いただすのは、使う人の仕事ではない
筆者は、使っている AI が何を学んだのかを問いただしません。学習のデータの集め方や学び方に問題があったなら、その責任は、サービスを作り、提供した会社が負うものです。会社がそのことで責任を問われることがあっても、それは使う人が背負うことではありません。
使う人のひとりひとりが、モデルの出自を調べ上げてから使う、ということは現実にはできませんし、求めるべきでもないと考えます。「その AI は不正なデータで作られた。だから使う人も同罪だ」という言い方には、同意しません(解説06)。
似すぎていたときに取り下げるリスクは、使う人が負う
使う人には、作ったものが「ほかのすべての作品と似ていない」ことを確かめきる手段はありません。それは、無いことの証明だからです。
それでも、作ったものがほかの作品と極めて似ていた場合は、真似をしていないと示しても、それが通らないことがありえます。似ていることが後から分かれば、出したものを取り下げざるを得なくなるかもしれません。このリスクは、使う人が負います。AI で作っても、手で描いても、同じです。
もし AI が、ほかの作品とよく似たものを出しやすいのなら、そのぶんリスクは大きくなります。だから、AI を使う人は、出す前に、より注意深く確かめたほうが望ましいと考えます。このリスクを、法的に AI サービスに肩代わりさせることはできません(個別に法的なリスクを補償するサービスはあります)。一方で、AI がほかの作品とよく似たものを出しにくくする役目は、AI サービスを作る側も負うことができます。
だから筆者は、学び方の責任は会社に、出したものを取り下げることになるリスクは自分に、と分けて考えています。
関連する説明
事実と根拠は、次の解説にあります。