よくある誤解 / 29
学習画像を取り出した研究の数字で、全生成物の類似性が分かる?
特定の条件で画像を抽出した件数は、全生成物が似ている割合や、著作権侵害の割合を表しません。
もう少し詳しく
特定の条件で画像を抽出した件数は、全生成物が似ている割合や、著作権侵害の割合を表しません。 対象モデル、入力の選び方、生成回数、抽出の定義をそろえて読む必要があります。再現例が実在することを、数字の一般化を避けるために否定することもできません。
なぜ件数だけで全作品を判断できないのか
CarliniらのUSENIX Security 2023論文は、Stable Diffusionの実験で、学習データ中で重複の多い35万件を選び、そのキャプションを使って各500候補、計1億7500万枚を生成したと報告します。これは、一般利用者の指示を無作為に集めた調査ではありません。記憶された画像を探しやすくする選び方です。
その実験では、画素に基づく距離の基準を満たす抽出画像を94件と報告し、上位1000候補の目視確認で、基準を超えていても近い複製と判断した13件を追加しています。合計107件という読み方には、この二つの判定方法が含まれます。94や107を1億7500万で単純に割り、「通常利用の侵害率」とすることはできません。指示の選択、候補を絞る検出手順、何を同じ画像として数えたかが、一般利用の全出力を判定する調査と異なるからです。
また、論文の距離による抽出基準と、日本法の類似性は同じ基準ではありません。技術的な基準を満たさなかったことだけで、創作的表現の共通性がないとは判断できません。論文自身も抽出の定義を限定的なものとし、その定義では捉えないプライバシー上の懸念等を説明しています。法的な侵害は、具体的な表現の類似性、依拠性、許諾・権利制限等を別に検討します。
研究から言えるのは、調べたモデルと条件で、学習画像に近いものを取り出せることを実証した、という点です。そこから「全作品が複製」「残りはすべて非類似」「今の別のモデルでも同じ率」という結論へ進むには、それぞれ別の証拠が要ります。
この説明で言えないこと
この結果から、特定の利用者の作品がどの画像に似ているか、その人が侵害したか、全モデルの記憶の量を判断することはできません。抽出されなかった学習画像が必ず記憶されていないとも言えません。逆に、一般化できないことを理由に、抽出された近い複製の存在や研究が示すリスクを無視するのも適切ではありません。
具体的な利用例
挿絵の公開前に類似性の懸念が出たら、「論文の抽出数が少ないから安全」と済ませず、指摘された既存作品と実際の出力を比べ、共通する箇所が具体的な創作的表現かを検討します。研究を紹介する文章なら、件数に「対象モデル・重複の多い入力を選んだ実験・判定基準」を添え、一般の発生率と書かない方法が考えられます。
更新日
2026-10-05(日本時間/JST)更新。
一次資料のどこに書いてある?
- Carliniほか『Extracting Training Data from Diffusion Models』USENIX Security 2023掲載版:§4.1、pp.5255–5256(抽出・記憶の定義と限界、PDF4〜5頁目)、§4.2・§4.2.1、pp.5256–5257(重複例の選択・候補生成)、§4.2.2、p.5257(35万・500・1億7500万、94件と追加13件、PDF6頁目)、Figure 3(対象のStable Diffusion v1.4)。本稿はこの実験を扱い、別モデルの結果と件数を合算しません。
- 文化審議会法制度小委員会『AIと著作権に関する考え方について』(2024-03-15):本文pp.32–34、5(2)『生成・利用段階』の類似性・依拠性と認定。技術論文の距離を法的な閾値として採用した資料ではなく、日本法に関する公的な解釈の整理です。